自信がないって思う人へ


自信とは、

自分を信頼すること。


これが附に落ちるまでに随分と時間がかかった・・。



おれは自信ある方だとずっと思っていた。


だって、

割といい大学でているし、

職歴もまあまあだと思っているし、

デブでもないし、

身なりもそこそこ気を使っているし。

みたいな感じ。


そうだ。

これは偽りの自信だった。



条件付きの自信


例えば、

自分よりも肩書が上の人に会ったり、

自分よりもかっこいい人に会ったりすると、

こういう自信は途端にもろくなる。

そして、嫉妬に変化する。


結局、比較の上で成り立っていた、

条件付きの自信だった。


自分よりも下の人相手なら、

ガンガン行けるけど、

逆はダメとかね。


全くもって自分を信頼するという定義から外れている。


言うならば、

自分のつけてるアクセサリーを

信頼していただけだ。



自信がある人ってどんな人?


なんか堂々としていて、

人前に出ても物怖じしない。


人からやじを言われようが、

陰口を叩かれようが、

気にも留めない。


自分の考えや軸がしっかりしていて、

ブレることがない。


と、こんなイメージ。


で、

自信を持っている人って、

別に高学歴で一流企業に勤めているとは限らないし、

見た目がかっこいいとは限らない。


バカでも自信満々の人はいるし、

不細工でも自信満々の人はいるはずだ。


その人の持っている地位や肩書、容姿などは

関係がない。


自信はつけるものか?


さて、

ここまで読むと、


自信というのは、

「何か人より優れているものを持っている」

ことと何ら関係がないように思える。


でも、

自信がない人は、


勉強して知識を増やすとか、

経験を積んでスキルを磨くとか、

おしゃれのセンスを磨くとか、


そういうことをすれば、

自信が「つく」と思っているようだし、

自分もそう思っていた。


「今よりいい状態」や

「他人より優れた状態」に

頑張って自分を持っていく過程や、

その結果から自信は得られるだろうと。


そして、

そんなことを通じて、

自信は「ついて」いくものだと思っていた。


だが、それは間違っている。


極端に言うと、

別にブスでも、デブでも、バカでも

自信を持って生きている人はいるからだ。


そもそも、

自信は「つける」ものではない。


「自分を信頼する気持ち」を

何処かから持ってきて「つける」

ってなんかへんでしょ。


自信をつけるという慣用句はあるが、

たぶんこれは使い方がおかしい。

少なくとも辞書には載っていない。


自信がある人になるには?

自信はつけるものではない。

つまり、自分の外側にはない。


じゃあ、

自信がない人が、

自信がある人になるにはどうすればいいか?


言い換えると、

自分を信頼できてない人が、

自分を信頼できるようになるにはどうすればいいか?



ただ、自分を受け入れること。

これだけだ。


すなわち、

自分に対して、

自分の思う良いところや、

自分の思う悪いところ。


そういうもの全部ひっくるめて、

自分なんだ!

と心から思えること。


これが自信。


本当の自信ってのは、

地位とか、

肩書とか、

交友関係とか、

所有物とか、

そういう外的な物事から得るものではない。


だから、

人から「ダサいね」とか、

「馬鹿だね」とか言われても、

動じないでいられるのではないか。


だって、

そういう自分がダサいことも、

馬鹿なことも受け入れちゃっているから。


自信がないって思ってる人へ

比較の中で日々生きていると、

どうしても不足に目が行きがちだ。


だが、

その不足を補うために付け足した先に、

自信はない。

自信は「つけるもの」ではないからだ。


ネット上には、

「自信をつける」ためのテクニック

いっぱいあるけど、そうじゃないと思っている。


ただ、

今の自分のことを、

「これが自分なんだ!」

と受け入れてやること。


成功体験を積めと言われるのは、

その体験をした自分のことなら、

容易に受け入れやすいからだ。


もちろん、

そんな体験していないくても、

直したいことや、

人と比べて劣っていることがあっても良い。


でも、

それさえも受け入れる勇気。


それが、

自信への第一歩だと思う。




0コメント

  • 1000 / 1000